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カテゴリ:未分類( 548 )


2016年 11月 10日

障がい者や高齢者への接遇向上に「おもてなし研修会」を開催しました。

今日は心地良い充実感で疲れも吹き飛ぶほどです。
数ヶ月にわたり準備してきた障がい者への接遇向上と浸透を目的にした、
「おもてなし研修会」が、和やかで賑やかに、
皆さんのお陰で無事に開催を終えました。

一昨年は障害のある方々にも宮城を楽しんで頂こうと、
お出掛けに役立つガイドブック作りに取り組み、
昨年は様々な障害内容の事業所の方々と、
宮城にユニバーサルツーリズムが定着するよう、
宮城県庁講堂にてシンポジウムを開催いたしました。

そして3年目の今年度は、各方面で接客業務に就く方々に向け、
多様な障害内容を持つ利用客への接客ポイントや留意点、
人の手と工夫次第で乗り越えられる事が多々存在する事などを、
知るきっかけを生み出せたらと「おもてなし研修会」を開催いたしました。

遠くにある問題ではなく少しでも身近に感じてもらえるように、
そして少人数で表情さえも伝わりやすいようにと、
会場も昨年とは異なりコンパクトでフラットな観光施設として、
石巻市中瀬にある「石ノ森萬画館」さんの研修室をお借りしました。

「石ノ森萬画館」そのものが、
石巻では先進的なユニバーサルデザイン施設ですから、
赤ちゃん連れや車いす利用者が普段から利用されており、
職員の方々もその丁寧な接客には定評のある施設なので、
今回の開催会場としてはとても協力的で大きな支えとなりました。

今回の取り組みでも未だまだ反省点等ありますが、
先ずは無事開催のご報告と、関係各所へのお礼を心から申し上げます。

実施主体:宮城県リハビリ支援センター
協力機関:宮城県視覚障害者情報センター
     宮城県聴覚障害者情報センター
     宮城県障害者社会参加促進センター
     石ノ森萬画館
     国土交通省東北運輸局
     福祉用具供給協会宮城県ブロック
     仙台バリアフリーツアーセンター
     UT東北(チーム神戸傘下組織です)

石ノ森萬画館は建物の色んな所にヒーローが目立ってたり隠れていたり。
こちらは玄関エントランスの屋根の上。
シッカリ目立ってます!

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視覚障害・聴覚障害・車イス利用と3組の登壇者から、
様々なその障害内容や特徴と、それらに応じての配慮のあり方など、
とてもわかり易く講義して頂きました。
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4つの講義と意見交換会のあと、
2階屋外の階段やスロープを利用し車イスの介助ミニレクチャー。
11月とは思えぬ寒風の中で、車イス2種類の広げ方に畳み方。
介助したりされたりと、熱心に参加されたのは地元石巻の方でした。
ご家族の介助経験がお有りだったそうで、
和やかながらも真剣なご質問を頂き、
答えるこちらも手応えを頂き嬉しかったです。
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気付けば川面や出来たばかりの復興住宅を染める夕焼けが。
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by startnagata | 2016-11-10 23:06 | Comments(0)
2016年 11月 06日

女川町

5年半に及ぶ今も、東北の被災地支援を続けている仲間が各地にいます。
そんな仲間が今日、東京から石巻を訪ねてくれました。

昨年は渡波小学校の支援にも手を添えてくれ、
今日が日曜で案内できなかったのが残念でしたが、
久し振りの女川へと出掛けて来ました。


◆津波で基礎部から横倒しになった交番は、
震災遺構として保存の方向です。
真横には嵩上げした幹線道路が通ってますが、
工事現場に紛れ気付く人も少なくなってます。
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◆その工事現場から道路一本隔てた山側には、
嵩上げされた新しい女川の中心街が駅まで延びています。
この商店街は未だ完成ではないものの、
写真中央の白い屋根の駅舎からも見渡せ、
まちづくりプランを白紙の図面に書き出しただけあって、
とても完成度高く希望的なイメージをもたらせてくれます。

とは言え町民や被災後町外で暮らす住民の意見は様々で、
これが成功事例となるか否かは、
5年後10年後の住民が出すべき答えだと思っています。
住民流出が続く現状で、たまの視察者が知ったかぶるのは、
拙速以外の何物でもないと考えます。
但し、成功であったとなるよう心から願わずにもおられず、
とても複雑な心境の部外者なのです。

※この新しい駅舎と商店街の往来を眺める限り、
遠来の観光客が殆どのように見受けられました。
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◆その素材が段ボールで制作され話題となった「ダンボルギーニ」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151221-00000004-wordleafv-soci

その夢のある花形スターから少し離れた場所に、
ひっそりと壁に置かれていたこのダンボール製の椅子。
そして実用的な収納棚。
この2点にとても興味惹かれましたが、座り心地の良さにも驚きました。
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by startnagata | 2016-11-06 23:30 | Comments(0)
2016年 11月 05日

生活用品や越冬用品の支援が不足しています

ご存知でしょうか?
熊本への支援が薄いことを。
人材・資金・物資
全てにおいて支援が薄いのです。

例えば仮設住宅1戸あたりにかかる費用は、800万円を超えた東日本の半額ほどです。

仮設住宅での生活用品や家電製品が入居前から用意されていた東日本大震災。
冷蔵庫・洗濯機・炊飯器・電気ポット・電子レンジ・電気トースター等が完備されていました。
その後、ホットカーペット・コタツ・電気ストーブ等が追加で配布されました。

布団・毛布・枕・茶碗・コップ・箸・まな板・包丁・米・トイレットペーパー・ティッシュペーパー・その他
入居者が1人であれ2人であれ4人分の生活用品が押入れとキッチンなどに積まれていました。

仮設住宅への抽選がスムーズでなく、
どこに何人世帯が当選入居するか混乱を極めたので、
不足するよりは余るくらいで良いだろうとの判断で、
とにかく4人分が用意されていました。

消耗品とは異なり狭い仮設でスペースを取る余った寝具などは、
入居者に因って、被災や非被災を問わずその友人知人や親類縁者に渡って行きました。

各地から支援に駆け付けたボランティア数も、
正確な数値は誰にも把握できていませんが、
激甚被災地に滞在しての体感では、
5分の1(20%)程ではないかと推察しています。

東日本の被災地では、チーム神戸の運営するボランティアセンターだけでも
瓦礫除去に尽力されたボランティア数は15,000人以上に上り、
私の2台の携帯電話や事務局スタッフの電話は時間を問わず、
個人・企業・学校などから、支援の申し出や問い合わせが鳴り続けていました。

東北の方々は心配気に私に問い掛けます。
「ニュースでも見掛けなくなったけど熊本の被災地は一段落しましたか?」と。

出来ればそうであって欲しいとの思いからの質問ですが、
「今もって大変な苦痛の真っ只中にいらっしゃいます」と応えると、
「やっぱり」と皆さん一様に鎮痛な表情でため息をつかれます。

誤解を恐れずに書きますが、各大手企業の社会貢献担当の方々、
記事やニュースで判ったつもりのご判断をなさらずに、
足を運び細やかに視察なさってはいかがでしょうか?

地元で被災した企業や、中小企業などの支援は熊本被災地でお見受けするのですが、
大手企業の動きはとるに足らないように感じています。
また震災直後に公的機関に申し出、断られたという内容も数度耳にしています。

行政窓口に、被災者に成り代わり断る権利があるのでしょうか?
行政サービスで補い切れない非常事態の支援は、
企業が直接被災者へ支援策を講じれば良いのではないでしょうか?

炊飯器さえ無い暮らしを強いられている独居高齢者もいらっしゃるそうです。

何をどれだけどの様に配ればよいか解らなければ、是非ご連絡下さい。
その際の当方への謝礼や交通費などのご心配は一切ご無用に。
被災者にとって有要な事であればいつでも喜んでお手伝いさせて頂きます。

湯たんぽ・電気毛布・毛布・冬物衣類・プラスチックコンテナや隙間収納。
まだまだ被災地支援はこれからです。

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by startnagata | 2016-11-05 00:37 | Comments(0)
2016年 11月 04日

なんかしあわせ

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電線の五線譜に三日月と明星が音符みたいに並んでる石巻の空
空港着早々の会議も
会いたかったお宅への訪問も
復興住宅への転居間近な人達との再会も
全てに希望を感じた
ひとりひとりがこのまちを奏でる音符のそれぞれ

5年半の長い時を経て



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by startnagata | 2016-11-04 01:06 | Comments(0)
2016年 11月 02日

水害から3年目。半年ぶりで秋の丹波へ。


東北・神戸・熊本の往復で時間の余裕が減る一方なのですが、
気になっていた丹波にやっと足を運べました。

2年前にボランティアを派遣した住民さん達にも偶然お会い出来たり、
ボランティアに炊出しをして下さった「そばんち」さんで、
久し振りの美味しいお蕎麦を欲張って冷温両方堪能したり、
町や人の少し落ち着いた様子に、こちらも少し安心できました。

それでも当時削られた山々の様子は遠景でもはっきりと見て取れ、
進む復興工事現場にも案内してもらいましたが、
この真下に暮らす人々にとっては、
今も緊張が解けない時間が有るんだろうと推察します。

※美味しいお蕎麦は食べるのに夢中で撮り忘れました。。



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by startnagata | 2016-11-02 18:37 | Comments(0)
2016年 10月 14日

噴火2日前の阿蘇中岳と阿蘇山周辺を視察

ずっと気になりつつ中々時間割けなかった、
阿蘇中岳を含む阿蘇山周辺に、
早朝から視察に出掛けました。

その2日後に大規模噴火が起き驚きました。


写真は中岳の噴火口ですが、8月末の噴火以降休止している
ロープウェイ乗り場からの撮影です。

東日本大震災の被災地支援を開始する前には、
毎年春から初夏に掛けて訪れたこの地。
天草~阿蘇~高千穂~大分~福岡と、
どこを訪ねても満足の行く大好きな九州。

この火口の淵で長時間見とれたあの光景は地球の息遣いそのもので、
暫く眺めることは叶わなそうです。
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中岳を背にした眼前の小屋も噴石に依るのか割れた箇所が。
立入禁止柵も所々地割れとともにズレてますが、
その向こうの山肌も、通常なら草が覆い尽くし全てが緑色のはず。
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ロープウェイ乗り場横の神社も歪みが大きく、
瓦の崩落も修復には至らぬまま。
この一枚は人の写り込まぬタイミングでの撮影ですが、
10人前後の観光客がいました。

観光客を乗せたタクシー1台
大型観光バス1台
乗用車7~8台
内、数台はロープウェイ乗り場と併設の売店などの関係車両のようでした。
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ロープウェイ乗り場は休止中ですが関係者は勤務中らしく、
併設の物産販売の店舗たちは営業中で、
東洋の方、西洋の方を見掛けました。
ある売店の方にお話をうかがい驚いたのは、
ここは通水状態にあるとのことで、
周辺散策し買物後お手洗いを利用して帰る観光客が多いとか。
南阿蘇では未だ断水状況にあると聞いているので、
ここ中岳周辺も当然断水していると思い込んでいたので
とても意外でした。
もっと学ばなければ。。

因みに観光客用の緊急時ヘルメットは4ヶ国語分有りました。
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この道は熊本へと続く道ですが当日は迂回路を走行。
この先には私の大好きな場所があるのですが、
次に腰を下ろせるのはいつかも知れず。
そう思うと寂しくて暫く眺めてしまいました。
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8日未明の噴火後の道路詳細は分かりませんが、
山系の至る所に亀裂走る山頂付近ですから、
崩落箇所の修復工事に伴い片側交互通行などがそこかしこに有ります。
この日は1人での行動でしたので、そういった場所は徐行運転で、
当然駐停車も出来ませんので撮影は1枚もありません。
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この崩落箇所には駐停車スペースが有り、
応急措置が済んでいるようで裾野に暮らしているという、
地元の方のお話しも偶然聞くことが出来ました。

やはり4月の地震被害だけではなく、
その後続いた大雨に因って、
地震被害の傷跡が拡大したらしく、
秋の長雨の合間に様子を見に来られたとのこと。

谷底に向け山肌も道路もなだれ込み、
同じような箇所が他にも大小複数あるはずなので、
その修復にはかなりの時間を要するはずです。

ましてや今後の降雨状況によっては、
現状維持も難しいのではないかと、
むき出しの山肌から強く感じざるを得ませんでした。

何より興味深かったのは阿蘇山系の至る所に生じた、
崩落箇所の予想以上の多さとむき出した山肌の土の色の違いです。

阿蘇山系とその周辺をドーナツに例えると、
中心部の黒い土は太古からの噴火灰の堆積に因るもので、
外周部の南阿蘇、内牧、赤水などの崩落箇所は黄土色の特徴からして、
花崗岩の隆起かと素人ながら想像しました。

そうであれば土質の粘りや崩れ方など、
対処も違うべきなのかと。

スタッフの親族に地質研究者がいらっしゃるので、
是非とも学べる機会を得られればと、
今回の阿蘇山系視察で強く思いました。
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写真右側は阿蘇山旅ではご存じの方も多いかと思いますが、
米塚を県道111号線から眺める場所ですが、
道路脇の展望所からススキの向こうに亀裂入り谷へと崩落していました。
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by startnagata | 2016-10-14 23:48 | Comments(0)
2016年 10月 14日

二日間、仮設住宅で支援活動。


建設時から足を運んでいたこちらの仮設住宅ですが、
会長を務める方とは自治会発足前からの顔なじみで、
そのお人柄から周囲の役員さんたちも活発に自治推進にあたっておられ、
2日に及んで活動をさせて頂きました。

ボランティア参加者は計6名で、地元熊本から2名、福岡から1名、京都から2名。
そして兵庫から私という顔ぶれです。

福岡と京都の面々は丹波支援で共に活動した仲ですから、
とてもスムーズにTEAM九州の1員として活躍してくれました。
当初軽トラックをレンタルすべきかと思ってましたが、
福岡から連日大型車で来てくれたので、物資搬送などとても助かりました。

まず初日はモノ作りのワークショップ。
みなさん夢中になるととても静かなお嬢さん方に変身。

別の仮設からの訪問者もいらして、お茶時はとても賑やかに。
何より夏から足運んでいた事を覚えてくださってる方も。

撮ったつもりの写真が見当たりませんが、
ミニコンサートも五木の子守唄に始まって終始和やかで、
色んなお話に爆笑したりしんみりしたり。

TEAM九州リーダーの機転で湯気立つ飲み物も、大きな氷の飲み物も。
汗ダクの私は冷たーいオレンジジュースをみなさんと一緒に頂きました。

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二日目は物資配布で始まりましたが、
午後には日本テレビアナウンサーさんたちによるワークショップが控えてますので、
昼食や休憩など時間調整をしつつ、住民さんたちと生活用品を手際よく配りました。
やっぱりお弁当は事前に用意すべきだったなあ。。
コンビニへの買い出し班は品薄の棚から人数分の買い出しに苦労したようです。
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そしてお待ちかね!
石巻でも頑張ってくれた日本テレビアナウンサーの方々による
言葉で遊ぶ「日本語ワークショップ」の開始です。
石巻では物資配布も手伝ってくれた鈴江奈々さんが、
5年経ち、何とも頼もしい先輩になって、
後輩たちを場の空気になじませていくその様子は眩しくって、
「奈々ちゃん」よりも「奈々さん」と呼ぶ方がふさわしく思えました。

日頃の修練の見せ所と、プロの長時間発声や早口言葉を堪能した後は、
「ハイ!みなさんもご一緒に!」とお決まりコース。
住民のみなさんもプロの口車に心地好く乗せられ、
気付けばみんなで大発声!

よく考えたら大きな声を出すって滅多にない事。
まして避難所から仮設住宅へ移行したばかりの住民さん達ですから、
そりゃあもう揃って大声出して気持ちの良いこと!

その後にはストレッチの仕方もプロのアドバイスが有ったりと、
なんだかスッキリ!!

みんなで集合写真撮ったり急遽サイン会が始まったりと、
最後のお見送りまでお付き合いさせて頂きました。
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by startnagata | 2016-10-14 21:49 | Comments(0)
2016年 10月 14日

避難所だった小学校の運動会


ここは震災直後に支援活動を行った避難所の1つで、熊本市立の小学校です。
秋空のこの日は運動会で、子供たちの元気な声が響いてました。

震災直後は体育館が避難所でしたが、
続く余震で体育館の天井が保たないかもしれないと、
後日、避難者は校舎の各教室へと移動しました。

近隣住民の避難と共に、障がいを持つ方々も避難されていました。
視覚・聴覚・身体・知的・精神と障害内容は様々で、
ご夫婦も2組いらっしゃいました。

でも福祉避難所という訳ではなく、他の方々に気遣いをしながら、
時に息を潜めるように、
時に同室の方に支えられながら過ごしてらっしゃいました。

そういった観点からチーム神戸の震災直後の支援活動は、
活動の広報を極力押さえ、
被災者ののプライバシー保護に務めながら行われました。

余震が収まりつつある中で自宅に戻る方や、
その後の避難所集約で余儀なく他の避難所へと移動された方や、
みなし仮設などに入居された方など、その先は様々ですが、
通常の避難所や福祉避難所のあり方など、
これまでの各地の経験がさほど活かされてないのが、
悔しいほどに残念でなりません。
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by startnagata | 2016-10-14 20:41 | Comments(0)
2016年 10月 04日

命をつなぐ活動

今年はエルニーニョの年で各地共に猛暑で、
冬になればラニーニョの影響から厳冬と予想されています。

私も今夏は支援活動の熊本で幾度か体調不良に悩まされました。

10月というのに未だ30度を越えたりする熊本ですが、
今年の台風規模の大きさに、
更なる2次被害を危惧せずにはおれません。

危惧であればそれに越したことはないのですが、
この地震被害に遭ってしても、
「この地は台風が来ない」とか油断この上ない言葉を時に耳にしたり、
万が一に対する備えを軽んじているような表現に出くわしたりします。

何より残念なのは支援者側の防災意識が薄く感じられる点です。

私達が支援すべき対象は命であると考えています。
その命と向き合う支援活動に従事するものが、
自らの命は当然のこと、近しい人の命を護るためにも、
防災意識や避難用品を備えるのは至極当然であると、
今一度ことの発端について熟考して頂ければと強く思っています。

支援活動中に万が一に出くわせば?
避難経路は?
退避先は?

あなたが居る場所は被災地なのです。
根拠なく「大丈夫だから」なんて口にしながら、
出来る範囲の事をおろそかにしてはいませんか?



※写真は熊本市内。
市街地でも家屋解体の空地や、ブルーシートのかかった屋根は多い。
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※阿蘇山系の崩落は随所に。
いまだ断水の地区や通行止め箇所も多く。
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by startnagata | 2016-10-04 05:27 | Comments(0)
2016年 09月 17日

にょきフェス開催まで残り1日

石巻の月を見上げ事務所の庭で一休みです。

あの日を境に草の生い茂る電柱だらけの荒れ地。

この地に支援というカタチで、
着地すると同時に取り寄せた住宅地図。

そこには通りをはさんで家々の軒が連なり、
人々の暮らしに根ざした商店が立ち並んでました。

その暮らしが一瞬にして崩壊した街。
目にしたのは言葉に尽くし難い様相だった。

人のもろさや街の弱さは十分に解ってはいるけど、
悔しさが心と体を突き動かした。

そしてこの街を応援し続ける覚悟を抱き周りを
見渡すと、まるで雲が晴れて行くように人々の
強さや大らかさが伝わり勇気が湧いて来た。

そこにあった暮らしを取り戻すのは簡単じゃないけど、
たくさんの人の手によって、
きっとこの地には色んな種がまかれたはず。

その種はこの街の人達の思いという手塩に掛けられ、
そろそろとでも、ゆっくりとでも、必ず芽吹いて行く。

多様な人々がそれぞれに当たり前の暮らしを送り、
それぞれがこの街の紡ぎ手として存在する。

そんな健やかな花が咲くように、
水やりをして時に肥料を撒きそしてそこに笑顔が生まれる。

たわいもない事かも知れないけど、
あの光景に悔しさを噛み締めた心には、
それが一番大切に思えるのです。

連日、睡眠を削ってまでこのにょきフェスに関わる思いは、
あの日から芽生え育った思いでもあるのです。

残る1日を大切に、全力を尽くします。
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by startnagata | 2016-09-17 04:46 | Comments(0)